Cuさんのオタク日記

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偏屈層を勉強しよう!

この記事は統治行為論アドベントカレンダー 6日目の記事です.

adventar.org

こんにちは! Cuです.
みなさんは層をご存じですか? もちろんご存じですね!
それでは偏屈層はご存じでしょうか? こちらは知らないよ~という人も多いかもしれません! この記事では偏屈層の勉強方法を紹介していきます!

定義

位相空間 X*1 上の前層 \mathcal{F} というのは,各開集合 U に対して  k 上ベクトル空間*2 \mathcal{F} (U) を対応させ,さらに U \subset V に対して  \rho_{U V} : \mathcal{F} (V) \to \mathcal{F} (V) が良い感じの条件

  •  U \subset V \subset W に対し  \rho_{UW} = \rho_{VW} \circ \rho_{UV} となる.
  •  \rho_{UU} = id_{\mathcal{F} (U)}

を満たすように定義されたものでした.ここで  s \in \mathcal{F} (V) に対して  \rho_{UV} (s) s\mid_U と表します.

これに加えて  U = \bigcup_{\lambda \in \Lambda} U_{\lambda} に対して

  •  s,t \in \mathcal{F} (U) が,任意の  \lambda に対して  s \mid_{U_{\lambda}} = t \mid_{U_{\lambda}} であれば  s=t が成立する.(局所的に見て同じなら全体でも同じ というイメージ.要は単射性のようなもの.)
  • 任意の族  \{ s_{\lambda} \}_{\lambda \in \Lambda} について  s_{\lambda} \in \mathcal{F} (U_{\lambda}) s_{\mu} \in \mathcal{F} (U_{\mu}) に対して  s_{\lambda} \mid_{U_{\lambda} \cap U_{\mu}} = s_{\mu} \mid_{U_{\lambda} \cap U_{\mu}} であれば, s \in \mathcal{F} (U) であって  s \mid_{\lambda} = s_{\lambda} となる元が存在する.(局所的に貼り合っているものは全体に伸びる というイメージ.要は全射性のようなもの.)

という条件が成り立つとき, \mathcal{F}といいます.

2つの層  \mathcal{F} , \mathcal{G} に対して,準同型の族  \phi = \{ \phi (U) \}_{U :open} が 

 \begin{matrix} \mathcal{F} (V) & \xrightarrow{\phi (V)} & \mathcal{G} (U)\\ \downarrow && \downarrow\\ \mathcal{F} (U) & \xrightarrow{\phi (U)} & \mathcal{G} (U) \end{matrix}
が可換になる(つまり  \rho^{\mathcal{G}}_{UV} \circ \phi (V) = \phi (U) \circ \rho^{\mathcal{F}}_{UV} となる)とき, \phi : \mathcal{F} \to \mathcal{G}層の射といいます.

層の射の集合を  \mathrm{Hom} (\mathcal{F} , \mathcal{G}) と書きます.

これらの定義によって  X 上の層の成す圏  \mathrm{Sh} (X,k) が得られます.

層とは開集合上にベクトル空間が乗っているもの というのは分かりましたね.この開集合をどんどん小さくしていくと,なにかしらのベクトル空間が得られるような気がします.

 x \in X について  \mathop{\varinjlim}\limits_{x \in U} \mathcal{F} (U) で定まるベクトル空間を層の茎といいます.これを  \mathcal{F}_x と書きます.

 \mathcal{F}

 \mathrm{supp} \ \mathcal{F} = \overline{\{ x \in X \mid \mathcal{F}_x \neq 0 \}}
と定義します.

 \mathcal{F} (U)U 上の連続関数全体の集合としましょう.この対応により  \mathcal{F} は層になります.
 \mathcal{F}_x x \in X 上で連続な関数全体となります.台は  X 全体となります.



これでイメージが付きましたね.

定数層

重要な層のクラスに定数層というものがあります.

 M をベクトル空間とします. M についての定数層  \underline{M}_X

\underline{M}_X (U) = \{ f : U \to M \mid U \ \text{上の局所定数関数} \}

と定義します.

例えば  \underline{\mathbb{C}}_{\mathbb{R}} (0,1) 0 < x < 1 上の  \mathbb{C} 値定数関数全体になります. \mathbb{C} と同型になります.

 \underline{\mathbb{C}}_{\mathbb{R}} ( (0,1) \cup (2,3) ) 0 < x < 1 である値  a 2 < x < 3 でまたある値  b を取る関数全体の集合になります.これは  \mathbb{C}^2 と同型になります.

このように  U n 個の繋がっている部分に分かれるとき, \underline{M}_X (U) M^n と同型になります.

 X が局所連結という性質を持つとき,茎を見るときは  U 全体が繋がっている開集合で  x に近付けることができるため, \underline{M}_{X,x} simeq M となります.

さらに  X = \bigcup_{\lambda \in \Lambda} という開被覆について  \mathcal{F} \mid_{U_{\lambda}} が定数層になるとき,これを局所定数層といいます.

Hom

層の射から得られる層を考えることができます. \mathcal{F} . \mathcal{G} \in \mathrm{Sh} (X,k) に対して

 \mathcal{Hom} (\mathcal{F} , \mathcal{G}) (U) = \mathrm{Hom} (\mathcal{F}\mid_U , \mathcal{G} \mid_U)
と定めることで層  \mathcal{Hom} (\mathcal{F} , \mathcal{G}) が得られます.

導来圏

層の複体とは,層の列

 \mathcal{F}^{\bullet} = (\cdots \xrightarrow{d^{-2}} \mathcal{F}^{-1} \xrightarrow{d^{-1}} \mathcal{F}^{0} \xrightarrow{d^{0}} \mathcal{F}^{1} \xrightarrow{d^{1}} \cdots )
であって  d^{i+1} \circ d^{i} = 0 となるものを指します.

与えられた複体  \mathcal{F}^{\bullet} に対して, iコホモロジー \mathrm{H}^i (\mathcal{F}^{\bullet}) = \ker d^i / \mathrm{Im} \ d^{i-1} と定義します.

層の複体  \mathcal{F}^{\bullet} , \mathcal{G}^{\bullet} に対して,その間の射  f^{\bullet} : \mathcal{F}^{\bullet} \to \mathcal{G}^{\bullet} とは

\require{AMScd} \begin{CD} \mathcal{F}^{i} @>d^i>> \mathcal{F}^{i+1} \\ @V{f^{i}}VV @V{f^{i+1}}VV \\ \mathcal{G}^i @>d^i>> \mathcal{G}^{i+1} \end{CD}
が可換になるものと定義します.

この射により層の複体の圏が得られましたね.

ここで射  f : \mathcal{F}^{\bullet} \to \mathcal{G}^{\bullet} から誘導される射  \mathrm{H}^i (\mathcal{F}^{\bullet}) \to \mathrm{H}^i (\mathcal{G}^{\bullet}) がすべての  i で同型になるとき, f を擬同型ということにします.

超大雑把にいうと,この擬同型でつながった対象を同一視した圏を導来圏といいます.*3これを  D (X,k) と書くことにします.

特に十分大きい  i と十分小さい  i  \mathrm{H}^i (\mathcal{F}^{\bullet}) = 0 となる対象からなる部分圏を  D^b (X,k) と書きます.

層の圏は導来圏に入っている!

 \mathcal{F} \mathcal{F} = ( \cdots \to 0 \to \mathcal{F} \to 0 \to \cdots) という複体であると考えることで,自然に導来圏の対象であると見なせます.( \mathcal{F}0 番目にあるものとする)

シフト

 \mathcal{F}^{\bullet} \in D^b_c (X,k) に対して  \mathcal{F}^{\bullet} \lbrack n \rbrack

 \mathcal{F}^{i} \lbrack n \rbrack = \mathcal{F}^{i+n}
と定義します.これを  n シフトといいます.

シフトするとコホモロジーもシフトされますね.つまり

 \mathrm{H}^i (\mathcal{F} \lbrack n \rbrack ) =\mathrm{H}^{i+n} (\mathcal{F})
となります.

導来版のHom

複体  \mathcal{F}^{\bullet} , \mathcal{G}^{\bullet} から得られるHom複体  \mathrm{ch} \mathcal{Hom}^{\bullet}  (\mathdal{F}^{\bullet} , \mathcal{G}^{\bullet})

 \mathrm{ch} \mathcal{Hom}^{n} = \displaystyle \bigoplus_{j-i=n} \mathcal{Hom} (\mathcal{F}^i,\mathcal{G}^j)
と定義します.

この複体から来る導来圏の対象を  R\mathcal{Hom} (\mathcal{F}, \mathcal{G}) と書きます.こうして導来圏でのHomが得られました.

構成可能層

色々と丁寧に言葉を定義したほうがいいのですが,丁寧に書くと大変なので大雑把に定義を紹介します.

 \mathcal{F} \in \mathrm{Sh} (X,k) が連結な局所閉集合(開集合と閉集合の共通部分となる集合)に制限すると,局所定数層になるとき,これを構成可能層といいます.

 iコホモロジーが構成可能層になる対象からなる圏を  D^b_c (X,k) と書きます.これが偏屈層の住処となります.

偏屈層

ちょっと記事が長くなってきたので,一旦定義をキチンとせずに道具の名前を紹介します.

 a_X : X \to pt という連続関数を考えます.ここから  a_X^{!} : D^b_c (pt,k) \to D^b_c (X,k) という関手が誘導されます.これを用いて  \omega_X = a_X^{!} \underline{k}_X という対象が得られます.これを双対化複体といいます.
ここから得られる  R\mathcal{Hom} (\mathcal{F}, \omega_X) \mathbb{D} \mathcal{F} と書きます.

ベクトル空間  V の双対  V^{\ast} D^b_c (X,k) 版のようなものが上記で定義できる と思ってください.

この「双対」を用いて偏屈層を定義します.

 {}^p D^b_c (X,k)^{\leq 0} = \{ \mathcal{F} \in D^b_c (X,k) \mid \forall i , \dim \mathrm{supp} \ \mathrm{H}^i (\mathcal{F}) < -i \}
 {}^p D^b_c (X,k)^{\geq 0} = \{ \mathcal{F} \in D^b_c (X,k) \mid \forall i , \dim \mathrm{supp} \ \mathrm{H}^i (\mathbb{D} \mathcal{F}) < -i \}
と定めます.こうして定まる  D^b_c (X,k) のクラス分けを偏屈 t 構造といいます.

さらに

 \mathrm{Perv} (X,k) = {}^p D^b_c (X,k)^{\leq 0} \cap {}^p D^b_c (X,k)^{\geq 0}
と定義します.この  \mathrm{Perv} (X,k) の対象を偏屈層といいます.

簡単のために定数層  \underline{M}_X を考えましょう.定数層はもちろん構成可能ですし,そのまま導来圏に埋め込むことができます.

すると

\mathrm{supp} \ (\mathrm{H}^i (\underline{M}_X)) = \begin{cases} X &(i = 0)\\ \emptyset &(i\neq 0) \end{cases}
ですから,
 \dim \mathrm{supp} \ (\mathrm{H}^i (\underline{M}_X)) = \begin{cases} 1 &(i = 0)\\ -\infty &(i\neq 0) \end{cases}
となります.

 i=0 において  \dim \mathrm{supp} \ (\mathrm{H}^0 (\underline{M}_X)) = 1 \geq 0 となるため,偏屈層にはなりません.

しかしシフトをした  \underline{M}_X [1] は偏屈層になります.この観察から偏屈層は局所的に見ると局所定数層(の導来)のシフトになると思えますね.

色々定義したけど何がええねん

まず偏屈層はアーベル圏になります.すごい!

また「層」と名前がついているように「張り合わせ」ができる対象でもあります.


偏屈層は幾何的表現論で頻出です.これは何故でしょうか?
表現論においては既約表現での分解などをよく考えるわけで,そこには「単純性・半単純性」というのが深く関わってきます.なんと偏屈層の単純性・半単純性というのは「交叉コホモロジー複体」という概念でかなりシンプルに*4書くことができます.

他にもヴェイユ予想や代数解析などでも出てきて,いろいろ便利らしいです!
あとのことは実際に本を読んだり,僕に聞いたりしてください(燃料切れ)

どんな本で勉強できるの?

和書

谷崎俊之,堀田良之,『D加群と代数群』

前半はリーマン・ヒルベルト対応をゴールにD加群を勉強していき,後半ではその応用として表現論のトピック(Kazhdan-Lusztig 理論)を触っていく本です.D加群モチベが低いと若干しんどいエリアが多いです.(昔そこで折れた)

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b304418.html

庄司俊明,『代数群の幾何的表現論 I ―代数群のシュプリンガー対応と指標層―』

幾何的表現論の本です.付録にちょこっと書いてあります.

www.asakura.co.jp

洋書

Ryoshi Hotta, Kiyoshi Takeuchi, Toshiyuki Tanisaki, D-Modules, Perverse Sheaves, and Representation Theory.

『D加群と代数群』に加筆をして英語にした本です.英語が読めるならこっちを読んだ方がいいです.

link.springer.com

Masaki Kashiwara , Pierre Schapira, Sheaves on Manifolds.

表現論というよりは,代数解析の本です.

層のマイクロ台といった代数解析のトピックを攫いながら,この記事でバーッと書いた話題を丁寧に綴ってく本です.
最後にD加群についても触れられています.

イントロがフランス語で書かれていてびっくりしますが,本文は英語なので大丈夫です.

link.springer.com

Pramod N. Achar, Perverse Sheaves and Applications to Representation Theory.

僕が講究(先生が見てくれるセミナー)で勉強している本です.

層・偏屈層の概説から始まり,幾何的表現論で使う道具を一通り学んだあと,シュプリンガー対応などの幾何的表現論のトピックをさらう本です.幾何的表現論概説パートは Kazhdan-Lusztig 理論・Springer 理論・Geometric Satake・箙の表現 となんと4つのトピックを学べます.
分厚い本ですが,層の理論パートは self contained な本で読みやすい本といえます.ま,分厚すぎて表現論パートに入るまで半年以上かかったんですけどね.

問題としては D加群や stack(なんかむずいやつ)については説明が若干緩いです.あと高い.

bookstore.ams.org

Reinhardt Kiehl , Rainer Weissauer, Weil Conjectures, Perverse Sheaves and ℓ-adic Fourier Transform.

ヴェイユ予想をゴールとした数論幾何の本です.

数論モチベが高い人にはこちらがオススメかも.Achar は  \mathbb{C} 上のお話からスタートしたのに対して,こちらはいきなり  \overline{\mathbb{Q}_l} で議論を始めるので,その辺は大変です.

link.springer.com

おわりに

いかがでしたか?
これで今日からあなたも偏屈層ライフを堪能できますね! それではまたちこ~

*1:今回は  \mathbb{C}^n \mathbb{P}^n とその開集合くらいの集合を考えます.なので局所連結などのある程度便利な位相空間であるとします.

*2: R 上の加群で定義することも可能ですが,環上で考えると偏屈層の定義が大変になるので体にしました.

*3:ちゃんと言うと擬同型での局所化ということになります.真面目にやりたい人は圏の局所化で調べてください.

*4:単純だけに